隘路

社畜による情けない日々

月残業100時間のライフスタイル

月残業100時間容認によりアクセス数が伸びてて若干うれしいのですが、残業代が満額支給されない田舎の木っ端労働者としては、危機感のほうが優勢です。

 

先日、ニュース番組で

「残業月100時間の生活とは、だいたい22時30分に退社する生活です」というざっくりした説明が、円グラフとともに映っていたのですが、それを見た瞬間に違和感を覚えました。自分のライフスタイルと全然違う。

 

自分が違和感を覚えたのは、「22時30分退社」の部分です。

「月100時間残業を1日あたり5時間残業」に置き換えるのは、モデル化としては妥当なのでしょうが、労働者哀史っぷりを強調したいのであれば、これでは物足りないと思います。

 

 

好きな時間に帰れるの?

業務スケジュールや分量をある程度予想できる環境であれば、自分の都合に合わせて退社時間を設定し、日々の残業時間も調整できます。

ただ、月100時間残業しなければいけない会社は、飛び込み案件などの想定外の業務が多発して、予定時刻のとおり退社できない日がたくさんあるのではないでしょうか?

つまり、月100時間残業をしなければいけない環境下では、退社時刻(下手をすれば出社時刻も、さらに下手をすれば休日も)を決める自由が無いのです。

 

生活の質

毎日22時30分に退社する生活と、20時に帰れる日と26時まで残らないといけない日がランダムにある生活では、総労働時間が同じでも質的には全然違うと思います。

退社時間を決める自由がない生活とは、勿論後者です。

 

労働していない時間(余暇時間)の長さそのものは同じであっても、後者の場合はいつ余暇時間が発生するか読めません。そのため、余暇時間の使い方が相当制限されます。

人により好みはあるでしょうが、元々の予定を平気で潰されうることを思うと、たいていの場合後者のほうがストレスフルな生活ではないでしょうか?

 

そして、残業月100時間という条件下では、後者の生活を強いられている労働者のほうが多いのでは?と思うのです。統計的なデータは見たことがありませんが、直感的にうなずいてくれる方も多いのではないでしょうか?

 

自分の場合

自分がまさに退社時間を上司とクライアントに握られているので、退社時間の裁量はありません。

毎日いつ帰れるかわからないので、確実に余暇時間を確保できるのは、出社前だけです。洗濯や片付け、各種ゲームへのログインボーナス入手などのルーチンワークは、全部朝にやっています。

 

結論

月残業100時間という状況は、総労働時間が長いだけでなく、労働者から時間の使い方の自由を奪いかねません。少なくとも自分には無い。

余暇時間の自由を制限に対する補償として、割増率上げてほしいですね……