水害訴訟に関わるときにおすすめする書籍
今年も九州を中心に豪雨被害が相次ぎました。
募金という形でしか力になれないのですが、被災された方々の一刻も早い生活再建をお祈りしています。
豪雨被害のニュースを見るたびに思い出すのが、パラリーガルだった頃に関わった、とある水害訴訟です。
まえがき
水害訴訟とは、ざっくり言うと、「この洪水は人災だ!適正な処置を施していれば洪水にならなかった」と主張して、家屋や財産の損害賠償や慰謝料を求めて裁判を起こすものです。
原告は多数の被災住民が集まった「原告団」、原告は行政になる場合が多いです。
訴訟提起が災害発生から期間が開き、数年後になることが多いのも特徴です。
原告側の住民は、被災直後は生活再建が最優先で、訴訟を起こすどころではありません。訴訟を起こすためには、被害額の算定など、準備が必要です。
行政サイドも、災害発生直後は復旧で大忙しです。そのため詳細な原因究明は、復旧が落ち着いたころに改めて実施するのですが、(事実がどうであれ)「検証の結果、自分たちに手落ちがありました」と表明することは、ほとんどありません。
生活再建が一息ついて余裕が出てきた住民が、このような行政の態度に腹を立て、訴訟に踏み切るパターンも見られます。
法理だけでは解決しない
水害訴訟の難しいところは、次の3点を理解しなければいけないところです。
- 「河川法」などのマイナー行政法の法理
- 土木工学(河川工学)と気象学の知識
- 国土交通行政・防災行政の考え方
訴訟提起と直接関係する法令は国家賠償法あたりになるのでしょうが、「行政に手落ちがあった」と証明するには、まずは「行政がやるべきこととは何かを」理解しなければいけません。
これに必要な知識をざっくり分類すると、上記1~3になります。
この知識を欠いたまま臨むと、被告側(行政)の主張の真意が理解できないどころか、的外れな議論に終始してしまうことになりかねません。
※「相手と同じ土俵に乗らない」という戦法も確かにありますが、あまり生産的ではないので、自分は好きではありません……
おすすめ書籍類の紹介
前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。
水害訴訟に臨むためには、一般的な法令知識に加え、独自の知識が必要になりますが、これをうまく解説している書籍を紹介します。
「河川法」などのマイナー行政法の法理
●よくわかる河川法(ぎょうせい)
行政機関職員向けの実務書を多数発行している「ぎょうせい」より、タイトルのとおりの書籍です。実務向けの中身ではないのですが、その分「河川法」という法令の考え方がわかります。
初学者向けの良書だと思うのですが、河川法について知りたい人間がそもそもどれだけいるのか謎なので、よく出版したなあとも思います。
●逐条解説 河川法解説
河川法の唯一無二の実務書。全国の行政機関で、これを読みながら仕事をしているはず。この本に書かれていることが「一般論」「通例」にあたります。
行政がこの本に書かれているとおりに動いていなかったら、その理由を質問してみるべきです。直ちに行政のミス発覚とはならないでしょうが、興味深い情報が得られるかも。
● 解説・河川管理施設等構造令
河川管理施設(ダムや堤防など、河川のまわりに行政が作る構造物のこと) には、「河川管理施設等構造令」という、構造上の基準が定められています。この本に書かれていることもまた「一般論」「通例」です。
行政がこの本に書かれているとおりに動いていなかった場合も、その理由を質問してみるべきです。法令の場合と比べ、構造物をつくる場合には地形的な制約が働くため(土地が得られないとか)、基準通り作れない場合が多々発生します。基準と違うからといって、直ちに行政のミスとは判断できませんが、大切な情報のひとつです。
●公共用財産管理の手引
同じ水が流れているところであっても、法令上の河川ではなく、農業用の用水路だったり排水路だったり、いろいろなパターンがあります。これらをひっくるめて行政が管理する土地の管理について説明しているのが本書です。ちょっと中身が古いので注意が必要ですが、改訂版は多分出ていません……
●里道・水路・海浜
上と同じく、行政が管理する土地(正しくは「民有ではない土地」)についての書籍です。研究書としての毛色が強く、かなりマニアックです。
土木工学(河川工学)と気象学の知識
●河川工学の基礎と防災
土木工学についてしっかり理解しようとすると、非常に大変です。そもそもの基礎として、数学や物理学の知識が必要になってきます。
こういった理系知識がなくとも、河川工学の考え方や頻出単語が理解できる良書が本書です。
どちらかといえば行政よりの観点から、どういう考え方で河川工事をしているのか、概説しています。
土木工学の知識が既にある方でも、この「行政よりの観点からの説明」を一読することをおすすめします。
●百万人の天気教室
水害発生のそもそもの原因は、雨がたくさん降ることです。
たいてい行政は「水害の原因は想定外の大雨」と説明します。訴訟においては、この結論に対して異を唱えることになるので、そもそもどういう考え方で「想定」するのかを知ることは非常に重要です。
この想定の基礎が気象学です。
本書は、「百万人」というタイトルのとおり、多くの方に気象学を知ってもらおうというコンセプトの一冊です。
●気象庁のホームページ
天気予報自体は非常に身近ですが、実は何気なく聞いている単語に詳細な定義があることは、意外と知られていません。
たとえば降水量。1時間当たりの降水量によって「強い雨」「非常に強い雨」「猛烈な雨」という表現が使い分けられます。
天気予報に関する知識は、ホームページに細かく説明が載っています。特に以下3つは必見です。
・天気予報の用語の定義
・注意報、警報の発令基準
・気象観測の手引き(pdf)
国土交通行政・防災行政の考え方
河川工事の順番や、どれくらいのスケールの大雨までハード面で対処するつもりなのか(逆にいえば、どのくらいの大雨だったら洪水になってもやむを得ないのか)、災害発生時の行政機関内の動き方など、行政機関内部の考え方は、大部分は法令や工学にのっとって決められますが、裁量による部分もあります。
これは各機関ごとによって異なるので、参考書籍を例示するのは困難です。
最後に
水害訴訟に関わっている最中、ボタンの掛け違えとでも言うのでしょうか、些細なディスコミュニケーションから、言い争いに発展していくケースを幾度も見かけました。
水害訴訟に限りませんが、行政のように専門知識(この場合は法令や河川工学)を備えている人間にとっては当たり前の考えが、そうでない人間にとっては大変な非常識のように受け取られる場面が多々あります。
知識を持っている側は、自分の考えが知識によって導かれたものだと気づかず、だれにとっても当たり前の結論として自説を主張する一方で、知識が無い側は、自分に知識が欠けているとは気づかずに、相手の主張を相手の人格が発したものと受け止めるのです。
こういう場面の収拾も第三者の仕事ですが、双方の知識レベルをなるべく近づけて予防していくこともまた、第三者の仕事だと思います。